『知的生命体への進化の必然性』青山先端技術研究所・エグゼクティブフェロー 中嶋隆一

人間は知的生命体

最近、人類を知的生命体と定義する場合が多くなりました。それは、宇宙探査の目的に宇宙人の存在確認が言われるようになり、宇宙人と言った場合には、火星や木星の衛星エウロパで唯一存在する生命が微生物出会った場合それを火星人、エウロパ人とした場合、採取解析が侵略や人体実験になりかねないことになります。宇宙人と言っていたものを地球外生命体を宇宙人とするかといえば、その生命体が知的生命体であるか否かということになるでしょう。そういう意味で「知的生命体」という言葉が重要になってくるわけです。

進化と適応

さて、そもそも知的生命体は、進化の到達地点であって、生命が発生した惑星では進化の結果として知的生命体にたどり着くものなのでしょうか。地球の生命進化において、系統樹という根本が多様で、先端に行くにつれて細くなり、最先端に進化の頂点としてホモサピエンスがいるという生命樹を適切と思う生物学者はいないでしょう。今では頂点に大量の枝先が到達して広く平になっている系統樹を示すことが多いです。現存する多くの生物が進化の頂点であるという考え方です。その意味では、これは進化というよりも適応という方が正確ではないでしょうか。

機能と知性

人類において、知性の高度化は人類自身に何をもたらしているかというと、機能の向上であると言えます。猿人から原人、旧人、新人へと進化している間に火を使うようになり、火食や野獣回避や夜間行動、言語を使うようになり、またた集団行動や意思疎通での行為形成による暴力性の低下や、縫製による断熱性の高い靴や着衣は寒冷地への適応を成し遂げました。このような可能行動の増加が動物としての機能の高度化とみなされて知性の獲得は進化だと言われています。
実際には、猿人から新人までに起こっている動物としての形態の変化は、他の動物に対して進化という見方をする場合に対してごく僅かでしょう。現在は、猿人は属単位、原人は種単位、旧人は亜種の差ということになっていますが、近年、区分の壁は低くなっているように思います。特に旧人と新人は知性とそれによる行動形態という基準がないとほぼ分類できないのではないでしょうか。その意味で本来の身体機能と知性が同一視されている部分もあると思います。

知的生命体への進化の必然性

知的進化は必然か
多くの人は、生物進化の最終結果として知的進化を捉えているところがあります。つまり、発生した全ての生命は知性を求めて進化するという漠然とした原則です。それが有るから、惑星探査で40億年以上の年齢が有る星が有ると知的生命の存在を想像します。果たしてそれは必然なのでしょうか。それを考えてみます。
収斂進化と適応
進化末端を見ると、機能及びそれを実現する部品や全体の形態について収斂性が見えます。いわゆる収斂進化であり、イルカとサメとイクチオサウルスとペンギンの遊泳機能と体型が似ているというものですが、生物の種別に関係がなく、生活する環境に適応した結果、形態や機能が類似すると現象があると言われています。
支配者の進化形態
収斂性を考えて、過去の環境の支配者、食物連鎖の頂点と言われる生物の機能を考えますと、カンブリア紀の海ではアノマノカリス、ジュラ紀の海では魚竜、白亜紀の海ではモササウルス、陸ではTレックス、新生代ではスミロドン、メガロドン、ホオジロザメなどですが、共通した機能は大きさ、筋力、顎(口)、牙(歯)があります。つまり、他を支配するためには、他より抜きん出た攻撃する能力を形態にも機能にも持っているということです。
人間以外の高機能性
人間以外の高機能の獲得は遺伝や本能に依ります。そして、その高機能を単純化して少ない命令判断で実行するように発展するようです。ある狩人蜂は獲物を巣穴に持ち込む途中で落としてしまった場合、それを探して拾わずに持っているときと同様に巣穴に入って奥に置くような行動をしてからまた別の餌を探しに行くそうです。複雑な行動を判断の分岐を最小限にすることでプログラムの規模を圧縮して固定化し、堅牢性と格納性、子孫への伝達の確実性を上げるという高機能化を採っています。それにより体を小さくでき生存と繁殖のエネルギーを節約できることになります。
多くの動物、あるいは植物の機能化とはこのような傾向であり、人間のような、教育という長期間を必要とする知性による機能を取るのは特殊と言えるのではないでしょうか。
類人猿における支配者形態
つまり、知性という進化形態はどの生物にも現れておりません。霊長類内で見るとチンパンジーが攻撃性、知力、筋力などの他の生物種の頂点を占める種と共通な機能を持つ、最も進化の頂点のように見えます。人間の機能は生物の進化の歴史を見ても見つかりません。人類700万年、またはホモサピエンス20万年以前には35億年の生物史に知的というものはなかったことから、この知的、それも認識論的な知性という機能はキリンの首や象の鼻、孔雀の羽のような過剰適応であり、進化のパーツではない可能性もあるのではないでしょうか。

【執筆者プロフィール】
中嶋 隆一 Ryuichi NAKAJIMA
EPIC Partners株式会社 監査役。青山先端技術研究所・エグゼクティブフェロー。文筆家。
防衛省で31年間勤務し、研究開発業務に従事。定年退職後は、先端技術の研究・コンサルティング、大手企業のCVCのアドバイザーボード、公共領域のコンサルティング支援を行う。
誘導武器開発官付及び先進技術推進専門官、防衛省幹部学校において技術教育教官の経験を活かして、経営者・先端技術研究者等へのコーティングも行う。航空機搭載の電子とミサイルのスペシャリストとして、執筆、講演、セミナー等を幅広く実施。

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