『源氏物語を読もう』青山先端技術研究所/エグゼクティブフェロー 中嶋隆一

日本古典における最高教養というとやはり源氏物語でしょう。意外と読んでいる人が少ないためか、枕草子のように内容が話題になることは少ないように思います。
世界で活躍する国際人に絶対必要な個人のアイデンティティとして、日本人が身に付けるものとして、英国人のシェークスピアと並ぶ教養として、日本人の古典教養としては源氏こそが最大のキラーコンテンツであると思います。
それは、源氏物語が単に、様々な異論はあるが、世界最古の長編小説と言われ日本文学の誇りというだけでなく、日本の精神世界の根源である、様々な慣習や習俗と人間の感性が感じられるということもあります。
私の感じただけでも中世日本の分化としていくつかの注意深い項目があります。いくつかを列挙してみますと…

病気についての考え方と対策としての仏教

平安時代というか、それ以後であっても人が病気にかかるのは悪霊に祟られることが原因であり、祈祷を行って悪霊を退散させることが唯一の治療である。若菜下の紫の上の悪霊は、明確な祟る意思と悪意があり自我がある。
手習の巻での高僧招聘でも書かれえていますが、源氏物語における悪霊退散は明確に僧侶が主体であり、より高僧、より多数による読経に効果があるという明確な認識があります。それだけでなく源氏物語には各所に仏教表現が現れ、天台浄土教が席巻した平安末期の宗教環境について読み取ることができます。

貴族から見る平民についてのすごい格差

源氏物語のは中央にいて地方に任官する受領階級の中央豪族はおりますが、なかなか地方在地の地方豪族は出てきませんが、その典型が玉鬘における筑紫の地方豪族の表現です。地方豪族の生活、立ち回りの粗野さ乱暴さ、教養の無さでの玉鬘に忌み嫌われる表現が満載です。中央から地方に下ったばかりで娘を中央に復帰させようとする明石とは全く違うのも印象的です。
奈良以前には天皇と豪族という2極だった支配階級が、平安後期には中央豪族は、財の有無等とにより貴族と官僚である受領に分離し、地方へ赴任された受領はそのまま地方と結びついた在地豪族で、百姓から成り上がったものと融合して明確な階級分離と階級と財産の不整合が発生しているのを感じます。

和歌は全人格を表す方法

男女の評価の多くは和歌でおこなわれます。女性はほぼ和歌でしか返信をしません。男は何かと心情を吐露する文を出すことはありますが、それでも女性側は和歌でしか返信しません。それも自筆前に侍女などの代筆の段階もあり、その和歌に全ての表現を載せているのがわかります。源氏と和歌をやり取りする女性でも特に、末摘花の没落宮家の様子を古風な和歌で示しているのは印象的です。和歌を基礎として蜻蛉日記から和泉式部日記など日記文学により平安末期の女流文学が花咲いたのがわかります。そういえば、蜻蛉日記の作者の孫は紫式部の同僚として紫式部日記に出てくるのが面白いです。

出産の命がけさ

出産は悪霊の攻めどころということで、退魔の対策が万全になされる状況が桐壺の女御を始めとした何度かなされる出産の場面にかかれています。特に葵の上が夕霧を出産する時の悪霊対策は明確で、天台座主の読経など書かれています。僧侶の読経や陰陽の祈祷、梓弓の鳴弦などによる魔除けの様子が垣間見えます。

源氏物語を読もう。

それ以外にも多様な状況や感性が感じ取れる源氏物語ですが、なかなか読んだ人に会いません。それは、他の女流文学や物語と違って長編ゆえの読みに草があると思います。私がその最大と思うのは、個人に対する呼称です。つまり、登場人物を固有名で呼ばないので、源氏のように登場人物が多く、時空が重複していると直感としては誰だかわからないというところではないでしょうか。話してからすればその交際範囲や主従関係から階級や立場の呼称は一人を表しますが、登場人物には同じ呼称で呼ばれる人物が複数いることでしょう。関係で固定できる敬語表現によりわかるとは言われますが、単純な敬語表現しか知らない私には、読み取り用もありません。読書が進まないということになります。

各巻の読み始めに、ネット上にたくさん上がっている粗筋を読んで、これもネット上に上がっている各巻ごとの人物呼称表を横において読むことです。

【執筆者プロフィール】
中嶋 隆一 Ryuichi NAKAJIMA
EPIC Partners株式会社 監査役。青山先端技術研究所・エグゼクティブフェロー。文筆家。
防衛省で31年間勤務し、研究開発業務に従事。定年退職後は、先端技術の研究・コンサルティング、大手企業のCVCのアドバイザーボード、公共領域のコンサルティング支援を行う。
誘導武器開発官付及び先進技術推進専門官、防衛省幹部学校において技術教育教官の経験を活かして、経営者・先端技術研究者等へのコーティングも行う。航空機搭載の電子とミサイルのスペシャリストとして、執筆、講演、セミナー等を幅広く実施。

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